陰ながら応援!MiAU(インターネット先進ユーザーの会)

10/18、ネットユーザーで構成される消費者団体「MIAU(Movements for Internet Active Users)」が発足したみたいです。

■MIAU設立

■コデラノブログ:集え猫の御旗のもとに

■音楽配信メモ:MIAU設立について

当ブログでも、著作権法の改正「海賊版ダウンロード違法化」について書きました。通勤ドットコムで提供しているツールにも影響があること(実は本業にも関わること)なので、この問題に対して精力的に活動されている小寺氏、津田氏の発言・行動には注目していました。

この夏に出版された「CONTENT'S FUTURE」という書籍をご存知でしょうか?

彼ら二人がまとめたこの本には、日本のデジタルコンテンツを取り巻く状況、クリエータの置かれている状況そして、未来のコンテンツの形とビジネスについて、多くの現場の一線の方々と議論し、方向性を失いつつある「未来のコンテンツのありかた」を探っています。

本の表紙には「ポストYoutube時代のクリエイテビティ」とあります。

私個人として、ここ数年一番驚いたことはといえば、「Youtube」があっという間に広り、動画共有が「当たり前」の状態にしてしまったことです。Google検索で有名人の名前を入力すると「必ず」といっていいほどYoutubeの「たぶん著作権侵害」の動画が検索されます。Yahoo!でも、gooでも「動画検索」が標準になり、動画共有サイトを横断的に検索出来る「Google Video」や「AOL Video」は、ニコニコ動画・中国の動画共有サイトからも多くのビデオを探してきます。(たぶん著作権侵害)

ほんの数ヶ月(感覚ですけど…)で、世界中に動画共有サイトが立ち上がり、「著作権侵害」の映像が氾濫し、そして日常になってしまった…

アメリカ・フランス・韓国・中国・・・・日本の「著作権侵害」動画を、ブラウザを開くだけで簡単に「見ることが」できる。

あれれ・・・・こういうことでいいんだっけ?

どのサイトも建前は、「俺様ビデオ発表の場」となっていますが、多く見られているのはきっと「著作権侵害」の動画だと簡単に推測がつく・・・・

「亀田家の反則示唆騒動」の動画だって、テレビのコメンテータでさえもYoutubeで確認している(ハズ?)

この状況をどう考えたらいいんでしょう・・・

作り手の立場から言えば、ほんとうに困った問題(生活できなくなる)

ユーザーの立場から言えば、「ラッキー」な状態

ただ、指をくわえているわけにはいかないから、著作権管理団体は「怖そうな」法律を要求する。
ユーザーは、「不便さ」や過度な権利主張だと、一部では言葉汚く彼らの「行動」を糾弾する。


貸しレコードの登場以来、「著作権侵害」を守らなかったツケ(=商売に屈した)
コピーして利用するための「機器=Walkman、VTR」によって、大きく成長してきた経緯
という過去の状況・・・

「コピー」することは、「ユーザーの権利⇒私的利用の範囲⇒利便性の重要さ⇒メーカー・企業が商品を売る口実」であったのに、反対に「責任を負わせる」ということは「ユーザーの萎縮⇒権利の縮小⇒利便性の悪さ⇒商品が売れない」という流れになって、やっぱり違うと私は感じてしまうのですけど・・・(敢てネットからのダウンロードとコピーを同義に考えてます)

また、このページにあるように、違法ダウンロードの定義が、Youtubeの閲覧を指していないというならば、コピーして持ち歩いたりハードディスクに保存することも、OKということではないのでしょうか?

ならば、ユーザーが「違法ではないのか」と思う「脅かし」法律を作ったら、
コンテンツ提供側は過去を否定して「わがままな」を押し付けようとしている、自分達のいいように「従来の常識」を変えようとしていると思われてしまう。


海賊版ダウンロードが、コンテンツ業界の経営基盤を揺るがすのはよく理解できることです。

ただ、インターネット(広くいえばデジタル化・コンピュータ化)が、多くの産業を滅ぼし、新しい形を生み続けている今、「保身の思考」で対処的に利益を守ろうとすれば、必ず見放される・・・・と思うんですけどね。

BBCもMTVも海外レーベルも、この「大ピンチ」を利用しようとしているのに、この国のだけが、守りに入っている…多くのネットユーザーは、そう思っているに違いない…

国境のない「つながり」が、インターネットです。
法律が違うのが当たり前の環境。
日本だけ「厳しい法律」を課しても、その「厳しさ」は無意味だと感じてしまうのです。

「デジタルコンテンツ」は、その「不正義」の面をいくら規制しても「闇」にもぐるだけで、同じ国に生きるコンテンツ制作者とユーザーの間に深い深い溝を作って、結局のところ「誰も得をしない」という未来にしか思えない…

YoutubeやiTunesのビジネスが、なぜ海外発なのか?
検索エンジングーグルが、なぜ海外なのか?
法律の違いと「グレーでもやってみたら」という寛容の背景があるのだと思うのですけど…

ブロードバンド大国で、コンテンツ立国を目指して、インフラ整備・政策を実行してきたはずなのに、同様の(それ以上の)ビジネスモデルを立ちあげることもままならない状況で、なんで法規制なのか?

海外に発信することが容易になった時代なんです。ならば、膨大なこの国コンテンツ資産を活かして、発信する方法をそしてビジネスの方法を考えたほうが得策じゃないのかな…

この海賊版ダウンロード違法問題とインフラ化するYoutubeを同時に考えると、法律の強化ではなく、国内への著作権の柔軟な運用が必要で、「ユーザーあってのコンテンツ」というスタンスを率先して取るべきだと思ってしまいます。

そして、そのユーザーが育てば、「優秀なコンテンツクリエータ」になって、「モラルあるユーザー」になって、「未来のコンテンツの担い手」になるような気がするのですけど・・・

どのみち、ネット界の巨人Googleの考える「コンテンツ全てを管理する」世界はすすむのでしょう。ならば、コンテンツの源泉は「日本だ」というコンセプトの『日本版Youtube』を創設したらどう?でしょうかね。

ネットユーザーは、もう知っているはずです。海外のコンテンツの面白さを。それらに席巻されて、取り残されるこの国のコンテンツ保守的姿勢(=既得権の死守)には、未来の「ビジネス」が想像できない。

それどころか、この法改正でコンテンツ提供側とユーザーを分断したあげく、窮屈で何もできない状況をつくり「コンテンツビジネスの将来」につながらない感じがしてしまいます・・・・

「昔の日本のアニメはいいね」という古典になるだけの「未来」を想像してしまう…

話は長くなってしまいましが、小寺氏、津田氏も本来ならコンテンツ側の人だと思う。その彼らが「消費者」団体を作ることに自己矛盾を感じているだろうと推測してしまう。だた、本の題名にあるように「CONTENT'S FUTURE」を探していくと、そしてこの激変する「ネット・デジタル」時代を知れば知るほど、このような行動を起こさなくてはいけない状況に追いこんだのかなと感じるのですけど…

広がるといいな、MiAU。陰ながら応援しています。

追記:
MiAU では、メールマガジンが始まったみたいです。
http://miau.jp/1192633201.phtml

内容に書いた『日本版Youtube』とは、テレビ局、映画会社、アニメ制作会社、出版社などが協力してつくる大規模な「共有」コンテンツサイトという感じです。海外にコンテンツを配信することを目的として、国内の優秀な新しいクリエータをどんどん発掘する。もちろん、過去の膨大なコンテンツも「翻訳して」「相手国の文化に合わせて」、それを「どうにかうまく」配信する(=ビジネスとして)方法をつくれば、コンテンツの「源泉」がはっきりした、インターネットコンテンツビジネスが展開できるんじゃないかな・・・夢物語かな・・・

コメント(1)

ぷりん :

「miau」というサイトでパブリックコメントの書き方を教えてもらえます。映像がアウトになれば、自動的に文章もアウトになります(ITmedia記事内で、文章関係業界も権利を主張すると明言)。そうなれば、迷惑メールの中に小説の一節があっただけで、それを受信した時点で犯罪になります。ネット検索も携帯メールもできなくなります(業界に訴えられたら、“故意ではないこと”を事実上証明できないので圧倒的不利)。一番大事なのは、“ネット以外の人にもこのことを知ってもらう”こと。パブコメ終了したあとも、周りに広める、そうして、日本中で反対がいっぱいになれば、さすがに法律を作れなくなります。権利ばかり主張する人たちに、わたしたちが「普通にネットをする権利」を侵害する権利はありません。

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