通勤者のためのブログ記事を探せ!(第3回)

| | トラックバック(0)

今週は、テロ特措法延長・給油問題が多く取り上げられることが多かったみたいです。(時期をみてまたまとめてみたいと思いますが・・・)

ある仕事が一段落したのおかげで、今週は夕方、夜のテレビニュースを見るチャンスがありました。「福田総理vs田中真紀子」とか「野田聖子vs佐藤ゆかり」と「舛添vs長妻」かいう「対決構図」を演出した内容のコーナーが多く、実際の「議論の内容」より「その人の人間性」や「過去の因縁」とか「言葉尻」とかを「面白おかしく見せるのに相変わらず終始しているなー」という感じ・・・・でした。

この「わかりやすい」ワイドショー的演出手法は、そこから浮かび上がる「真の問題」を視聴者に「的確」に示すための方法として一定の評価はできると思います。ただ、問題の縮図として「対決構図」を取り上げているはずなのに、それ自体を演出することに終始して「格闘技」のように「因縁」とか「宿命」とかドラマチックなキーワードで演出する。

「問題はどこだっけ?」というようなことになってしまっていると感じるのは私だけでしょうかね・・・(たぶん伝えているつもりなのでしょうけど・・・)

で、今週の一本目はこの動画から、

テレビ報道、いま何が問題なのか!?
「葉千栄のNIPPONぶった斬り 」朝日ニュースター 2007.01.13 OA

Youtubeにも上がっている現在のテレビ報道の問題点を検証しているCS放送朝日ニュースターの番組です。問題としているのは


・報道番組と視聴率の問題=視聴率が取れる報道番組=ワイドショー的作り方
・視聴者感情を揺さぶる演出=加熱する取材合戦=ワイドショー的作り方
・コストがかからない番組づくり=手間隙をかけない番組=ワイドショー的作り方
つまり、視聴率の取れる安直な報道姿勢⇒テレビジャーナリズムの衰退

というように解釈しました。つまり、「放送局側」の事情=「視聴率」という商業的要素に大きな原因があるという結論のようです。

この番組を見る制作者はどう感じるのだろう・・・

発信者としての「心得」を疑われ、ジャーナリズム精神の劣化を突きつけられても、「視聴率」が大事だから、「唯一の指標」だからと思うのだろうか・・・・

たぶん「多くの制作者や記者」はそう思っていないと思う。

そういう目で見られてしまうことに憤慨する人も多いかもしれない。

「何か違うと思いながら、作っているんだ。でも商売だからしょうがない・・・」といい人もいるだろう。

「俺のやっていることは商売だから売れてナンボで、そのための番組だよ」と言い切る人もいるかもしれない。

逆に、「視聴者」がこういう番組を好むんだから、それに合わせて作っているだよ!という声も聞こえそうだ。

私も映像業界の端っこのほうにいるので、彼らの意見を聞くことも多いのですが、いつもこう思ってしまう。

「時代はかわりつつあるんですよ」


このブログでもよく取り上げる池田信夫ブログ「NHK会長は辞任せよ」から、NHK橋本体制がダメな理由をここで引用させていただくと

元同僚からも意見を聞いたが、出てくるのは「理事会は脳死状態」「何も決まらない」「会長のいうことを誰も聞かない」といった話ばかり。少なくとも橋本会長がいる限り、事態は打開できないという点で、彼らの意見は一致していた。インターネットについても、それを担当する部署さえないという現状で、改革を試みたが、あきらめて辞めた友人もいる。

中略

実質的に経営を取り仕切っているのは、原田専務理事以下の経営陣だ。そのうち半分ぐらいは私も知っているが、彼らは「番組のプロ」ではあっても、おそらく財務諸表も読めないだろう。インターネットについての知識も、素人同然だ。5年ぐらい前までは、私も総合企画室に呼ばれてインターネットの話をしたことがあるが、みんな茫然とするばかり。50年以上変わらない業界の感覚が、ムーアの法則についていけないのだ。

この中の、

彼らは「番組のプロ」ではあっても、おそらく財務諸表も読めないだろう。インターネットについての知識も、素人同然だ。5年ぐらい前までは、私も総合企画室に呼ばれてインターネットの話をしたことがあるが、みんな茫然とするばかり。50年以上変わらない業界の感覚が、ムーアの法則についていけないのだ。

この感じがよーくわかる。(偉そうですみません)

Youtubeやブログ言論で、放送局は変わらざるおえない。
そして、「外圧」が番組を作る姿勢への影響を及ぼし、より良い方向への変化の「機会」だと私は思うのですが、実際には今起こりつつある現象をテレビ局は理解していない感じがします。批判するやつらが増えたな(=厄介なことが増えた)という感覚なのかもしれないと考えてしまいます。

既得権に守られている今のうちに、それを最大限活かして、次の時代のマスメディアを作る必要があるのに、自己防衛しか考えられない・・・・

こんな状況も起こりつつあります。

NHK、受信料補完へ番組配信:日経BP
「NHKは放送済みの膨大な番組をインターネットで配信する準備を進める。受信料制度に疑問を持つ人でも納得できる料金体系を導入する計画だ。」

放送局もインターネットの影響で、目先の収益が足りなくなるから「それを利用して」収益を埋めるという発想のようです。

この発想は、一見正論のようですが逆のような気がする。

既存メディア資産の切り売りを考えているだけで「未来」がない。
「未来」の作り手・コンテンツを考えていない。
ほんとうの事業収益の方法や、アイデアを発想していない・・・

多くの方が考えるように、これからは、オンデマンドでの情報取得が主になる。生活時間が多様化して、タイムシフト、プレイスシフト(ロケーションフリー)が当たり前。携帯電話(この呼び名も変わるかもと思っていますが…)は、より進化してリッチな機能と回線でメディア伝達の手法は加速的に進化していきます。そのことを理解している人が多いから、一番の話題になるのだと思うんです。

携帯電話での情報取得が「日常」の若い世代のことを、テレビ報道番組制作者たちはどう考えているのだろう。経営者達は、「俺にはわからない」とでもいいそうな気がするけど・・・・

若い世代への「信用あるコンテンツ提供」と「提供方法の開拓」をテレビ局はしようとしていない。もっといえば、「信用」の部分で、彼らから見放されそうになっている。「テレビ」はいらない!という「空気」があることに焦りはないのだろうか?

「生き残り」を考えるだけの発想(=自分達は逃げ切れる)という年金問題に通ずる感じがするのは私だけでしょうかね・・・・

SideTubeを評価してくれるユーザーから、意見を頂いたことがあります。

「Sidetubeを使うと『放送局』もipアドレスの1つでしかないのだと思う」

私もそう思います。そういう時代になりつつあるのです。

そんな時代の報道に大事なのは、「信用」しかないのは当たり前。その「信用」を確立することこそ、生き残る道はないように感じてしまうのですけどね・・・

ネットが主流になる時代が始まってしまったのです。ビジネスの手法と利益の確保がどんどん難しくなる。

そんな時代に発想のない経営陣を抱えて、報道とかニュースはどうなっていくんだろうか・・・まして、信用を失えば・・・・

もし、番組制作者がどう見られているか(=ネットの空気)を知りたいなら、こんなブログも読んでみたらどうでしょう?(きちんとメディアリテラシーを発揮して読んでくださいね。)

きっこの日記から
テレビが見捨てられる日
テレビを信じるナンミョー予備軍たち
「ヤラセは地球を巣食う」
「続・ヤラセは地球を巣食う」
「続々・ヤラセは地球を巣食う」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次の話は、続きにも思えるけど著作権法の改正の話

以前から、著作権侵害問題のことは、自分の商売とこの通勤ドットコムで提供しているツールの狭間でいろいろ考えてしまうのですが、特にYoutubeという爆弾が爆発してから、どんどん加速する「Web共有」という新しい形に、どんな権利が存在して、どういう基準をで作ればいいのか、曖昧な著作権法を読めば読むほどわからなくなります。

ただ、以前書いたように、ユーザーに責任を求める方法はどうも「自爆」するような気がしてならない・・・

このネットという「厄介な伝達手段」をどう利用して収益をあげるのか?
どういう考え方をすれば、「便利」で「有益」なネット利用ができるのか?

コンテンツ側の多くは「その答え」を考えないまま、現状の「既得権」を守ることに終始している。
ユーザー側は、コンテンツ側の行き過ぎた「既得権」主張を批判している。

ユーザーとコンテンツ側が、反目し、お互いを「疑いの目で見る」状況に拍車をかける今の状況がなんだか不幸に思えてなりません。

そこで、以下の記事などを読んでいただいて、この改正を判断していただきたいのですけど・・・
私的録音録画小委員会の議論がほぼ決着しました:津田大介氏・音楽配信メモ
違法コンテンツのダウンロードが“罪”になる:時事ニュースを読み解く “津田大介に聞け!!”
「コピーし放題」でも儲かる!? DRMフリー音楽の今:時事ニュースを読み解く “津田大介に聞け!!”
マドンナはレコード業界を捨てるのか:池田信夫 blog
成長する音楽産業:池田信夫 blog
音楽は‘共有’するものだ:showkyよもやま話
文化審議会の著作権改正論議が香ばしすぎる件:Glassleaf
YouTubeから“コピー”できなくなる日

実際に、コンテンツ側に資本力が無くては(又はそれを維持しなくては)いいものは作れないと私は思っています。ただ、その方法を既存の形のまま維持にするのは「もう無理」だという感じがします。

将来、「違法ダウンロード」にユーザー責任を課してしまうと、「新しいビジネス」の可能性がなくなるような気がする・・・(それも日本だけ)

「販売」されるコンテンツにある種の「嫌悪感」を感じ、そうではない「クリエイティブコモンズ的作品=商売になりずらい」コンテンツばかりになり、挙句の果てが、コンテンツ自体の劣化を招くようなスパイラルに・・・・

インターネットのおかげで、出口が膨大に増えたのを「新しい商機」と考えるのが得策なのに、それを利用する「ユーザー(特に将来、コンテンツ消費してくれるはずの若いユーザー)」を敵に回しては、後々損する気がするのはわたしだけでしょうかね・・・

Youtubeを見ても他の動画共有を見ても、ビジネスになっていないだろうけど「可能性を感じる作家」達はたくさん出てきている。その優秀な次世代の作家を、ビジネスにする方法を考えていくほうが先なような気がするけど・・・・

“津田大介に聞け!!” もはや音楽は消費材か──「着うた」世代の今から引用させてもらうと・・・

── 中高生はCDを買わないんでしょうか?
津田 マキシシングルは1000円、1200円だけど、「着うたフル」なら欲しい1曲だけ3〜400円で買える。シングルより安いからという理由で、「着うたフル」を買っている中高生も多いです。  僕は、そうした買い方に慣れた子供達は、「1曲よかったらアルバムCDも買ってみよう」という流れにつながらないのではと思っています。  同じ音楽配信でも、パソコン向けのサービスを利用するユーザーは、目的がちょっと異なります。パソコン向け音楽配信は、今まで音楽CDを買ってきて、それをパソコンに取り込んでライブラリー化していた人たちが、その感覚の延長上で使っている。だから「アルバム単位で曲を揃えたい」と考える人が少なからずいる。  僕は過去、音楽業界を陰で支えてきたのは、年にアルバムを何百枚も買うような音楽マニアだったと思っています。  もちろん「着うた」を全否定しているわけではありません。とはいえ、いくら「着うた」が好調だからといって、目の間のお金に引かれて、携帯電話向け音楽配信にばかり力をいれていたのでは、そういう音楽マニアにそっぽを向かれて、長い目で見たら音楽業界は先細りになっていくんじゃないかと思っています。

彼は、「着うた」のことで言っていますが、同じように長い目でみた「ユーザー獲得」を考えた場合、法律で「違法だ!違法だ!」とあれもダメこれもダメにしてしまうことで、、将来、商売する機会も縛ってしまう「がんじがらめ」の空気になるような気がするんですけど・・・・ユーザーに「拒否」されるだけでなく、「海外」に商売を取られてしまう(法律の違いによって)・・・・インターネットはその側面が怖いと私は思っています。

フランス:DEEZER(インターネットラジオ?)

ポストPandora、無料で音楽無料で楽しめる音楽共有型ネットラジオに新顔登場。:「DEEZER」:ポッドキャストとけものみち

「DEEZER」はフランスのサービス。サイトに「LEGAL」 としつこく書いてあるように、フランスの著作権協会SACEMに広告収入の一部から支払っているよう。 つまり権利関係はクリアされています(ま、日本で使うのは知らん)。・・・・

「商売」と「著作権」の関係って、変なところに線を引くと、次の世代を潰す可能性があるような気がするんです・・・・ユーザーも制作者も誰も得しない法律改正に見えるのは私だけなのでしょうか?

トラックバック(0)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.tuukin.com/blog_kanri/mt-tb.cgi/150