2007年10月アーカイブ

10/18、ネットユーザーで構成される消費者団体「MIAU(Movements for Internet Active Users)」が発足したみたいです。

■MIAU設立

■コデラノブログ:集え猫の御旗のもとに

■音楽配信メモ:MIAU設立について

当ブログでも、著作権法の改正「海賊版ダウンロード違法化」について書きました。通勤ドットコムで提供しているツールにも影響があること(実は本業にも関わること)なので、この問題に対して精力的に活動されている小寺氏、津田氏の発言・行動には注目していました。

この夏に出版された「CONTENT'S FUTURE」という書籍をご存知でしょうか?

彼ら二人がまとめたこの本には、日本のデジタルコンテンツを取り巻く状況、クリエータの置かれている状況そして、未来のコンテンツの形とビジネスについて、多くの現場の一線の方々と議論し、方向性を失いつつある「未来のコンテンツのありかた」を探っています。

本の表紙には「ポストYoutube時代のクリエイテビティ」とあります。

私個人として、ここ数年一番驚いたことはといえば、「Youtube」があっという間に広り、動画共有が「当たり前」の状態にしてしまったことです。Google検索で有名人の名前を入力すると「必ず」といっていいほどYoutubeの「たぶん著作権侵害」の動画が検索されます。Yahoo!でも、gooでも「動画検索」が標準になり、動画共有サイトを横断的に検索出来る「Google Video」や「AOL Video」は、ニコニコ動画・中国の動画共有サイトからも多くのビデオを探してきます。(たぶん著作権侵害)

ほんの数ヶ月(感覚ですけど…)で、世界中に動画共有サイトが立ち上がり、「著作権侵害」の映像が氾濫し、そして日常になってしまった…

アメリカ・フランス・韓国・中国・・・・日本の「著作権侵害」動画を、ブラウザを開くだけで簡単に「見ることが」できる。

あれれ・・・・こういうことでいいんだっけ?

どのサイトも建前は、「俺様ビデオ発表の場」となっていますが、多く見られているのはきっと「著作権侵害」の動画だと簡単に推測がつく・・・・

「亀田家の反則示唆騒動」の動画だって、テレビのコメンテータでさえもYoutubeで確認している(ハズ?)

この状況をどう考えたらいいんでしょう・・・

作り手の立場から言えば、ほんとうに困った問題(生活できなくなる)

ユーザーの立場から言えば、「ラッキー」な状態

ただ、指をくわえているわけにはいかないから、著作権管理団体は「怖そうな」法律を要求する。
ユーザーは、「不便さ」や過度な権利主張だと、一部では言葉汚く彼らの「行動」を糾弾する。


貸しレコードの登場以来、「著作権侵害」を守らなかったツケ(=商売に屈した)
コピーして利用するための「機器=Walkman、VTR」によって、大きく成長してきた経緯
という過去の状況・・・

「コピー」することは、「ユーザーの権利⇒私的利用の範囲⇒利便性の重要さ⇒メーカー・企業が商品を売る口実」であったのに、反対に「責任を負わせる」ということは「ユーザーの萎縮⇒権利の縮小⇒利便性の悪さ⇒商品が売れない」という流れになって、やっぱり違うと私は感じてしまうのですけど・・・(敢てネットからのダウンロードとコピーを同義に考えてます)

また、このページにあるように、違法ダウンロードの定義が、Youtubeの閲覧を指していないというならば、コピーして持ち歩いたりハードディスクに保存することも、OKということではないのでしょうか?

ならば、ユーザーが「違法ではないのか」と思う「脅かし」法律を作ったら、
コンテンツ提供側は過去を否定して「わがままな」を押し付けようとしている、自分達のいいように「従来の常識」を変えようとしていると思われてしまう。


海賊版ダウンロードが、コンテンツ業界の経営基盤を揺るがすのはよく理解できることです。

ただ、インターネット(広くいえばデジタル化・コンピュータ化)が、多くの産業を滅ぼし、新しい形を生み続けている今、「保身の思考」で対処的に利益を守ろうとすれば、必ず見放される・・・・と思うんですけどね。

BBCもMTVも海外レーベルも、この「大ピンチ」を利用しようとしているのに、この国のだけが、守りに入っている…多くのネットユーザーは、そう思っているに違いない…

国境のない「つながり」が、インターネットです。
法律が違うのが当たり前の環境。
日本だけ「厳しい法律」を課しても、その「厳しさ」は無意味だと感じてしまうのです。

「デジタルコンテンツ」は、その「不正義」の面をいくら規制しても「闇」にもぐるだけで、同じ国に生きるコンテンツ制作者とユーザーの間に深い深い溝を作って、結局のところ「誰も得をしない」という未来にしか思えない…

YoutubeやiTunesのビジネスが、なぜ海外発なのか?
検索エンジングーグルが、なぜ海外なのか?
法律の違いと「グレーでもやってみたら」という寛容の背景があるのだと思うのですけど…

ブロードバンド大国で、コンテンツ立国を目指して、インフラ整備・政策を実行してきたはずなのに、同様の(それ以上の)ビジネスモデルを立ちあげることもままならない状況で、なんで法規制なのか?

海外に発信することが容易になった時代なんです。ならば、膨大なこの国コンテンツ資産を活かして、発信する方法をそしてビジネスの方法を考えたほうが得策じゃないのかな…

この海賊版ダウンロード違法問題とインフラ化するYoutubeを同時に考えると、法律の強化ではなく、国内への著作権の柔軟な運用が必要で、「ユーザーあってのコンテンツ」というスタンスを率先して取るべきだと思ってしまいます。

そして、そのユーザーが育てば、「優秀なコンテンツクリエータ」になって、「モラルあるユーザー」になって、「未来のコンテンツの担い手」になるような気がするのですけど・・・

どのみち、ネット界の巨人Googleの考える「コンテンツ全てを管理する」世界はすすむのでしょう。ならば、コンテンツの源泉は「日本だ」というコンセプトの『日本版Youtube』を創設したらどう?でしょうかね。

ネットユーザーは、もう知っているはずです。海外のコンテンツの面白さを。それらに席巻されて、取り残されるこの国のコンテンツ保守的姿勢(=既得権の死守)には、未来の「ビジネス」が想像できない。

それどころか、この法改正でコンテンツ提供側とユーザーを分断したあげく、窮屈で何もできない状況をつくり「コンテンツビジネスの将来」につながらない感じがしてしまいます・・・・

「昔の日本のアニメはいいね」という古典になるだけの「未来」を想像してしまう…

話は長くなってしまいましが、小寺氏、津田氏も本来ならコンテンツ側の人だと思う。その彼らが「消費者」団体を作ることに自己矛盾を感じているだろうと推測してしまう。だた、本の題名にあるように「CONTENT'S FUTURE」を探していくと、そしてこの激変する「ネット・デジタル」時代を知れば知るほど、このような行動を起こさなくてはいけない状況に追いこんだのかなと感じるのですけど…

広がるといいな、MiAU。陰ながら応援しています。

追記:
MiAU では、メールマガジンが始まったみたいです。
http://miau.jp/1192633201.phtml

内容に書いた『日本版Youtube』とは、テレビ局、映画会社、アニメ制作会社、出版社などが協力してつくる大規模な「共有」コンテンツサイトという感じです。海外にコンテンツを配信することを目的として、国内の優秀な新しいクリエータをどんどん発掘する。もちろん、過去の膨大なコンテンツも「翻訳して」「相手国の文化に合わせて」、それを「どうにかうまく」配信する(=ビジネスとして)方法をつくれば、コンテンツの「源泉」がはっきりした、インターネットコンテンツビジネスが展開できるんじゃないかな・・・夢物語かな・・・

10/19(金曜日)テレビ東京のワールドビジネスの取材を急遽受け、その日のうちに番組内でこの通勤ドットコムが紹介されました。番組内では「Webサービス」として「縦書き」にできるような印象があったみたいで、お叱り・落胆のメールを多く頂きました。

すみませーん。

通勤ドットコムで提供しているのは、無料の自作ソフト(windows用)と、モバイル端末を使うための情報です。「サイト」だけで何が出来るということではありませんので、「期待して」訪れていくれた方々を落胆させたなら、「スミマセーン」と謝るしかないわけです。

それと、多くのユーザーが感じるみたいですが、結構面倒なツールです。(説明も足りないかもししれません)

そのあたりは、私のプログラム能力の無さ、時間的制約、条件的制約(権利関係・ライセンス関係・著作権の範囲など)の結果なので、これも「ごめんなさい」と謝るしかないのです。

すみませーん。

また、開発への協力やビジネスのご提案、激励のメールなども多く頂きました。ありがとうございます。(順次対応させてください)稚拙な”素人プログラマー”のツールですから、みなさまからのメッセージは励みになります。ほんとうに感謝しております。


でも、今回はマスメディアの力を思い知らされました。(1日で、1月分のアクセスがありました。)
放送では「縦書き」が強調されてましたが、私が言いたかったところは以下のような内容です。

通勤時間を有意義にしたい「モバイルユーザー」は大勢いて、
携帯電話(=1円で交換する感じ)とは違う愛着のある「モバイル端末」を使いこなして
スキルアップや、情報収集、ビジネスに役立てたいと思っている人は多いように感じる。

そのわりに、子供向け(語弊があるかもしれませんが・・・)コンテンツばかりで、
大人のためのコンテンツが少ないので、このような自作ソフトを提供している・・・・

自作ソフトは、カスタマイズできるようになっているので(面倒なんですがね(笑))
「愛着のあるモバイル端末」をより活用したいとき、少しでも役に立てたらと思ってサイトを開設している。

こんなつもりで話したんですけど・・・取材ディレクターにもきっと伝えきれなかった・・・
いつもは、取材する側なので、取材される側の気持ちが始めてわかった気がします(笑)

私の中では、愛着のあるモバイル端末を、装飾したり、カスタマイズする延長線上に、通勤ツールがあります。モバイル端末は、普段長く使うものですから、手に慣れるように、自分だけのメニュー作りや表示カスタマイズする楽しみがあると思っています。

与えられた状態のものをそのまま使う(=例えば携帯電話)より、「自分のためのツール」を追求することで、愛着のあるモバイル端末になるような感じがします。(ザウルスなどはその典型ですよね)

縦書きもその範囲の結果なんです。

通勤PSPで、デスクトップをカスタマイズしたり、w-zero3の設定を長々書いてみたりしているのは、愛着のある「私のモバイル端末」だから、もっとどうにか活用したい・・・同様に思う人達がいたら、私が知ってる範囲、提供できる範囲だけでも「共有」できれば・・・

そんなつもりのサイトなのです。

もし、気に入っていただけたら、周りの方々にもご紹介いただけると嬉しく思っています。

それと、もうひとつのツール「SIDETUBE」もぜひお試しください。
テレビ型ストリーミングメディア再生専用ブラウザ「SIDE TUBE」

通勤ツールと連携することも可能ですので(いろいろ設定が必要ですが・・・)、サイトだけでも覗いてください。

第1回のブログ記事を探せ!で紹介した「フリーターの告発「『丸山眞男』をひっぱたきたい」で、就職氷河期世代・労働法制による格差助長問題、負の所得税などのブログ記事・リンク先を掲載しました。この問題は、ネットでも多く扱われていているようで、今週みつけたのが「オールニートニッポン」という”ニートのためのインターネットラジオ&マガジン”というサイトです。

そのなかに、『「丸山眞男」をひっぱたきたい」・・・』を書いた赤木智弘氏が出演されている回がありました。

雨宮処凛のオールニートニッポン: 2007年06月08日 SPトークライブ『フリーターの「希望」は戦争か?』 ゲスト:赤木智弘(ライター)、杉田俊介(有限責任事業組合フリーターズフリー)
彼らのメッセージは、インパクトがあります。マスメディアでは伝えない彼らの状況、心情など「心に刺さる」ものがあります。(ポッドキャストがありますので、オススメします)

また上記サイトでも、精力的に活動されている作家 雨宮処凛さんの著書「プレカリアート(洋泉社新書)」を手に入れる機会があり、ブログから離れて今回はこの本のことを書いてみます。

プレカリアートとは、「不安定な」(precarious)+「労働者」(proletariato)の造語で、不安定な雇用・労働条件における非正規雇用者・失業者の総称だと、本の帯にあります。(今までだと「フリーター」とか「アルバイト」という非正規雇用者(+ニート)の意味のようです。)

「ニート」「フリーター」という言葉には、「やる気がない若者」とか「責任を負わない勝手な若者」とかいうイメージが、私にはありました。たぶん多くの人たちが同様のイメージを持っているような気がします。私も「大人の説教」として、「もっと努力しなさい」「みんな努力して、がんばっているんだから」というステレオタイプな「人生訓」をいう可能性がありました。少なくとも、『「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。』という論文を読むまではそう思っていました。

以前も書きましたが、この論文を読んで私は「苦しい」という感情を持ちました。彼らの状況・感情を理解しないで、無意識に作られた「レッテル」を張っている自分が相当「おバカ」なのかもと・・・・(よくそう思うのですけどね(笑))


時々ですが、自分がこのようなサイト(=通勤ドットコム)を「始めてしまった」理由について、考えることがあります。

たぶん、初期的には、「こんなアプリケーション作ったから見て欲しい」という自己顕示欲の表れだと思います。そして、「通勤時間」は、働くものにとって大きなウエィトを占める可能性があり、その時間を無駄にしてきた自分への「後悔」とこれからの「不安」の為にもしかしたら役立つのではないかという感じ・・・

つまり、社会の問題に相当無関心で「自分のこと」とその周りしか見ないで「生きてこれた時代」から、何かの”アクション”をしないと現状維持はおろか「不安な状況」を抱ええたり、「不安定な生き方」になる可能性を「放置」するわけにはいかないから「何かをしなくては」というある種の「不安な感覚」・・・

この「不安な感覚」の部分を自分なりに解明しようとすると、最近の「終電間際の車内」から感じることが、それに近いのかな・・・

私自身、毎日電車を乗り継ぎ、職場へ出勤し、仕事をし、帰宅します。その車内で感じることは遅くまで働く「疲れた若者」と「不機嫌な大人」という構図です。

昔から「不機嫌な人」は多かったと言われればそうなのですが、こんなに多かったかな・・・・特に私より年上の「管理職」という風な方々・・・・(あくまで、主観ですけどね。)

それと終電間際に多い「疲れきった若者」。

一昔前、終電は酔っ払いの天下でした。飲んで、遊んで、「発散」したサラリーマンの独壇場。それが、今は、「疲れきった若者」と「ごく少数のおじさん酔っ払い」・・・・

「遊び疲れた若者」(遊び疲れないけどね「若い」なら)ではなく、「働き疲れた若者」が、それも友達・先輩・同期といるのではなく「ひとりで」眠っている。多くの20代、30代が終電まで働いている・・・・

「景気」とか「時代の変化」とかいうことなのでしょうが、あの騒がしい「活力」みたいのものは、どこにいったのかな・・・・

そんなことを漠然と感じていたのですが、この本がその「答え」に感じてならないのです。

本書内の『第5章:超世代座談会「就職氷河期世代の逆襲」』が、特に興味深かった。

ワーキングプア、フリーター、必死で「努力する若者」(=フリーターを否定する若者)、そしてその世代の親御さんの座談会は、世代間の溝と、働くもの同士の溝を露にして、堂々巡りを繰り返しながら、「溝の深さ」を明らかにしてしまいます。特に、メディアで作られた「フリーター像」から離れなれない固定観念の強さが印象に残ります。

また、『最終章:プレカリアートの不安で曖昧な未来』で語られる雨宮処凛氏のメッセージは、私の感覚、不安を「文字」に的確に表された気分で・・・「きっとここに集約するのだろうなー。今の漠然とした不安の感覚は」 と思ってしまったのです。

その終章に書いてあった1985年刊の『21世紀のサラリーマン社会』経済企画庁総合計画局編(東洋経済新報社)の引用ページがあったので、リンクしておきます。その中に、こんな内容があります。

前略
「それでは、内部労働市場に参入できない団塊二世たちはどうなるのであろうか。簡単には予測できないが、女子を中心に非自発的な非労働力化が考えられるし、失業者として滞留する者も増えるかもしれない。また、大学・短大・専修学校等の受け入れ枠が拡大すれば、石油ショックの時のように一時的に進学率が上昇することもありえよう。しかし、この方法は基本的に解決策とはならない。大量新卒者の時代が一〇年以上にわたって続くからである。結局のところ、内部労働市場に参入できない団塊二世たちのかなりの部分がアルバイト等外部労働市場での労働を余儀なくされるのではなかろうか。昭和六〇年代半ばには、団塊の世代は四〇代、働き盛りである。一方、団塊の世代の妻たちは子育てを終えパートタイマー等の形で労働市場に参入してくる。
 この時期には団塊の世代の夫、妻、子の二世代が同時に不安定な労働市場に身をさらすことになるのである。むろん、現在のアルバイトの賃金でも若者が生活していくためには差し当たり困難はないであろう。しかし、結婚し子供が生まれ、教育費がかさむようになり、また住宅ローンを抱えるようになればアルバイトで生活することは不可能である。アルバイトを転々としながら、三〇歳前後になって内部労働市場に参入しようとしてもその壁はあまりに厚い。」(p.111 -112)

「(…)つまり「よいものは採用する」というのは、採用に値する専門的技術を持っていればということで、内部労働市場に参入できない団塊二世が、「未熟練者」であることを考えれば、やはり日本的雇用慣行の下では就職のチャンスは一回しかないと考える方が自然であろう。そして、この就職のチャンスが一回しかないということが団塊二世の就職問題を考える際に最も重要な点である。」(p.113-114)

「以上のことから、「新卒採用重視、中高年層の流動化によるピラミッド型雇用構造の維持」というのは、あくまでも企業の理想であり、現実問題としては新卒採用重視といってもそれほど採用を増やすわけにもいかず、中高年層の流動化といっても、そのかなりの部分を抱え込まざるをえないというのが実状であろう。従って、大企業では爆発的に増える中高年齢層のため、新卒採用が抑制されてしまう危険があるとみざるをえないのである。」(p.120-121)

22年前、十分に予見できているんだ・・・・それなのに、何もしなかったんだ・・・・(それ以上に加速したとと彼女は言うだろう)

22年前の「未来予測」を放置し、直面するプレカリアート問題に無関心でいるということは、何もしなかった=自分のことだけを考えていた「ダメな先輩世代」と将来必ず烙印を押される。

いや、困った・・・・でも、この就職氷河期世代の主張は、社会保障、税制、企業のあり方、労働法制、グローバル化まで今の社会が抱える歪をそのまま投影しているように感じてしまいます。

今、私達が「漠然と感じる不安」は、プレカリアートが感じてきた「不安」と同一だと考えたほうがいいようです。

そして、彼らへの「負のレッテル貼り」をやめ、「共有する問題」だと感じないと、「保身しか考えない正社員」や「利益のためなら血も涙もない経営者」という「みっともない無責任な大人」のレッテルを貼られ、数年後、十数年後に断罪され、大事にされず、ひいては孤独死を迎える「悲惨なスパイラル」が想像できるのは私だけでしょうか・・・・・


追記:
今回は「ブログ記事を探せ」というより、プレカリアートの話になってしまいました。(それも中途半端ですみません・・・)

この話題は、心に棘が刺さるし、考えれば考えるほど「徒労感」というか・・・「虚無感」というか・・・
多くの社会問題を「他人事」としてしてきた我々テレビ視聴者で「会社終身雇用幻想」を当たり前としている世代には、彼らのメッセージは重すぎるかも・・・・

ただ、プレカリアート問題を考えることが、「この国の未来」を考えるポイントになるような気がするんですよね・・・

10/19 本日のテレビ東京 ワールドビジネスサテライトの「特集:通勤時間を快適に」で、通勤ドットコムが紹介されました。
急な取材依頼だったため、このブログで案内できませんでした・・・すみません。

また、急激にアクセスが増えたため、サイトにつながりにくくなっています。つながらない場合は、時間をあけて再度アクセスしていただけると幸いです。


テレビ東京:ワールドビジネスサテライト

今週は、テロ特措法延長・給油問題が多く取り上げられることが多かったみたいです。(時期をみてまたまとめてみたいと思いますが・・・)

ある仕事が一段落したのおかげで、今週は夕方、夜のテレビニュースを見るチャンスがありました。「福田総理vs田中真紀子」とか「野田聖子vs佐藤ゆかり」と「舛添vs長妻」かいう「対決構図」を演出した内容のコーナーが多く、実際の「議論の内容」より「その人の人間性」や「過去の因縁」とか「言葉尻」とかを「面白おかしく見せるのに相変わらず終始しているなー」という感じ・・・・でした。

この「わかりやすい」ワイドショー的演出手法は、そこから浮かび上がる「真の問題」を視聴者に「的確」に示すための方法として一定の評価はできると思います。ただ、問題の縮図として「対決構図」を取り上げているはずなのに、それ自体を演出することに終始して「格闘技」のように「因縁」とか「宿命」とかドラマチックなキーワードで演出する。

「問題はどこだっけ?」というようなことになってしまっていると感じるのは私だけでしょうかね・・・(たぶん伝えているつもりなのでしょうけど・・・)

で、今週の一本目はこの動画から、

テレビ報道、いま何が問題なのか!?
「葉千栄のNIPPONぶった斬り 」朝日ニュースター 2007.01.13 OA

Youtubeにも上がっている現在のテレビ報道の問題点を検証しているCS放送朝日ニュースターの番組です。問題としているのは


・報道番組と視聴率の問題=視聴率が取れる報道番組=ワイドショー的作り方
・視聴者感情を揺さぶる演出=加熱する取材合戦=ワイドショー的作り方
・コストがかからない番組づくり=手間隙をかけない番組=ワイドショー的作り方
つまり、視聴率の取れる安直な報道姿勢⇒テレビジャーナリズムの衰退

というように解釈しました。つまり、「放送局側」の事情=「視聴率」という商業的要素に大きな原因があるという結論のようです。

この番組を見る制作者はどう感じるのだろう・・・

発信者としての「心得」を疑われ、ジャーナリズム精神の劣化を突きつけられても、「視聴率」が大事だから、「唯一の指標」だからと思うのだろうか・・・・

たぶん「多くの制作者や記者」はそう思っていないと思う。

そういう目で見られてしまうことに憤慨する人も多いかもしれない。

「何か違うと思いながら、作っているんだ。でも商売だからしょうがない・・・」といい人もいるだろう。

「俺のやっていることは商売だから売れてナンボで、そのための番組だよ」と言い切る人もいるかもしれない。

逆に、「視聴者」がこういう番組を好むんだから、それに合わせて作っているだよ!という声も聞こえそうだ。

私も映像業界の端っこのほうにいるので、彼らの意見を聞くことも多いのですが、いつもこう思ってしまう。

「時代はかわりつつあるんですよ」


このブログでもよく取り上げる池田信夫ブログ「NHK会長は辞任せよ」から、NHK橋本体制がダメな理由をここで引用させていただくと

元同僚からも意見を聞いたが、出てくるのは「理事会は脳死状態」「何も決まらない」「会長のいうことを誰も聞かない」といった話ばかり。少なくとも橋本会長がいる限り、事態は打開できないという点で、彼らの意見は一致していた。インターネットについても、それを担当する部署さえないという現状で、改革を試みたが、あきらめて辞めた友人もいる。

中略

実質的に経営を取り仕切っているのは、原田専務理事以下の経営陣だ。そのうち半分ぐらいは私も知っているが、彼らは「番組のプロ」ではあっても、おそらく財務諸表も読めないだろう。インターネットについての知識も、素人同然だ。5年ぐらい前までは、私も総合企画室に呼ばれてインターネットの話をしたことがあるが、みんな茫然とするばかり。50年以上変わらない業界の感覚が、ムーアの法則についていけないのだ。

この中の、

彼らは「番組のプロ」ではあっても、おそらく財務諸表も読めないだろう。インターネットについての知識も、素人同然だ。5年ぐらい前までは、私も総合企画室に呼ばれてインターネットの話をしたことがあるが、みんな茫然とするばかり。50年以上変わらない業界の感覚が、ムーアの法則についていけないのだ。

この感じがよーくわかる。(偉そうですみません)

Youtubeやブログ言論で、放送局は変わらざるおえない。
そして、「外圧」が番組を作る姿勢への影響を及ぼし、より良い方向への変化の「機会」だと私は思うのですが、実際には今起こりつつある現象をテレビ局は理解していない感じがします。批判するやつらが増えたな(=厄介なことが増えた)という感覚なのかもしれないと考えてしまいます。

既得権に守られている今のうちに、それを最大限活かして、次の時代のマスメディアを作る必要があるのに、自己防衛しか考えられない・・・・

こんな状況も起こりつつあります。

NHK、受信料補完へ番組配信:日経BP
「NHKは放送済みの膨大な番組をインターネットで配信する準備を進める。受信料制度に疑問を持つ人でも納得できる料金体系を導入する計画だ。」

放送局もインターネットの影響で、目先の収益が足りなくなるから「それを利用して」収益を埋めるという発想のようです。

この発想は、一見正論のようですが逆のような気がする。

既存メディア資産の切り売りを考えているだけで「未来」がない。
「未来」の作り手・コンテンツを考えていない。
ほんとうの事業収益の方法や、アイデアを発想していない・・・

多くの方が考えるように、これからは、オンデマンドでの情報取得が主になる。生活時間が多様化して、タイムシフト、プレイスシフト(ロケーションフリー)が当たり前。携帯電話(この呼び名も変わるかもと思っていますが…)は、より進化してリッチな機能と回線でメディア伝達の手法は加速的に進化していきます。そのことを理解している人が多いから、一番の話題になるのだと思うんです。

携帯電話での情報取得が「日常」の若い世代のことを、テレビ報道番組制作者たちはどう考えているのだろう。経営者達は、「俺にはわからない」とでもいいそうな気がするけど・・・・

若い世代への「信用あるコンテンツ提供」と「提供方法の開拓」をテレビ局はしようとしていない。もっといえば、「信用」の部分で、彼らから見放されそうになっている。「テレビ」はいらない!という「空気」があることに焦りはないのだろうか?

「生き残り」を考えるだけの発想(=自分達は逃げ切れる)という年金問題に通ずる感じがするのは私だけでしょうかね・・・・

SideTubeを評価してくれるユーザーから、意見を頂いたことがあります。

「Sidetubeを使うと『放送局』もipアドレスの1つでしかないのだと思う」

私もそう思います。そういう時代になりつつあるのです。

そんな時代の報道に大事なのは、「信用」しかないのは当たり前。その「信用」を確立することこそ、生き残る道はないように感じてしまうのですけどね・・・

ネットが主流になる時代が始まってしまったのです。ビジネスの手法と利益の確保がどんどん難しくなる。

そんな時代に発想のない経営陣を抱えて、報道とかニュースはどうなっていくんだろうか・・・まして、信用を失えば・・・・

もし、番組制作者がどう見られているか(=ネットの空気)を知りたいなら、こんなブログも読んでみたらどうでしょう?(きちんとメディアリテラシーを発揮して読んでくださいね。)

きっこの日記から
テレビが見捨てられる日
テレビを信じるナンミョー予備軍たち
「ヤラセは地球を巣食う」
「続・ヤラセは地球を巣食う」
「続々・ヤラセは地球を巣食う」

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次の話は、続きにも思えるけど著作権法の改正の話

以前から、著作権侵害問題のことは、自分の商売とこの通勤ドットコムで提供しているツールの狭間でいろいろ考えてしまうのですが、特にYoutubeという爆弾が爆発してから、どんどん加速する「Web共有」という新しい形に、どんな権利が存在して、どういう基準をで作ればいいのか、曖昧な著作権法を読めば読むほどわからなくなります。

ただ、以前書いたように、ユーザーに責任を求める方法はどうも「自爆」するような気がしてならない・・・

このネットという「厄介な伝達手段」をどう利用して収益をあげるのか?
どういう考え方をすれば、「便利」で「有益」なネット利用ができるのか?

コンテンツ側の多くは「その答え」を考えないまま、現状の「既得権」を守ることに終始している。
ユーザー側は、コンテンツ側の行き過ぎた「既得権」主張を批判している。

ユーザーとコンテンツ側が、反目し、お互いを「疑いの目で見る」状況に拍車をかける今の状況がなんだか不幸に思えてなりません。

そこで、以下の記事などを読んでいただいて、この改正を判断していただきたいのですけど・・・
私的録音録画小委員会の議論がほぼ決着しました:津田大介氏・音楽配信メモ
違法コンテンツのダウンロードが“罪”になる:時事ニュースを読み解く “津田大介に聞け!!”
「コピーし放題」でも儲かる!? DRMフリー音楽の今:時事ニュースを読み解く “津田大介に聞け!!”
マドンナはレコード業界を捨てるのか:池田信夫 blog
成長する音楽産業:池田信夫 blog
音楽は‘共有’するものだ:showkyよもやま話
文化審議会の著作権改正論議が香ばしすぎる件:Glassleaf
YouTubeから“コピー”できなくなる日

実際に、コンテンツ側に資本力が無くては(又はそれを維持しなくては)いいものは作れないと私は思っています。ただ、その方法を既存の形のまま維持にするのは「もう無理」だという感じがします。

将来、「違法ダウンロード」にユーザー責任を課してしまうと、「新しいビジネス」の可能性がなくなるような気がする・・・(それも日本だけ)

「販売」されるコンテンツにある種の「嫌悪感」を感じ、そうではない「クリエイティブコモンズ的作品=商売になりずらい」コンテンツばかりになり、挙句の果てが、コンテンツ自体の劣化を招くようなスパイラルに・・・・

インターネットのおかげで、出口が膨大に増えたのを「新しい商機」と考えるのが得策なのに、それを利用する「ユーザー(特に将来、コンテンツ消費してくれるはずの若いユーザー)」を敵に回しては、後々損する気がするのはわたしだけでしょうかね・・・

Youtubeを見ても他の動画共有を見ても、ビジネスになっていないだろうけど「可能性を感じる作家」達はたくさん出てきている。その優秀な次世代の作家を、ビジネスにする方法を考えていくほうが先なような気がするけど・・・・

“津田大介に聞け!!” もはや音楽は消費材か──「着うた」世代の今から引用させてもらうと・・・

── 中高生はCDを買わないんでしょうか?
津田 マキシシングルは1000円、1200円だけど、「着うたフル」なら欲しい1曲だけ3〜400円で買える。シングルより安いからという理由で、「着うたフル」を買っている中高生も多いです。  僕は、そうした買い方に慣れた子供達は、「1曲よかったらアルバムCDも買ってみよう」という流れにつながらないのではと思っています。  同じ音楽配信でも、パソコン向けのサービスを利用するユーザーは、目的がちょっと異なります。パソコン向け音楽配信は、今まで音楽CDを買ってきて、それをパソコンに取り込んでライブラリー化していた人たちが、その感覚の延長上で使っている。だから「アルバム単位で曲を揃えたい」と考える人が少なからずいる。  僕は過去、音楽業界を陰で支えてきたのは、年にアルバムを何百枚も買うような音楽マニアだったと思っています。  もちろん「着うた」を全否定しているわけではありません。とはいえ、いくら「着うた」が好調だからといって、目の間のお金に引かれて、携帯電話向け音楽配信にばかり力をいれていたのでは、そういう音楽マニアにそっぽを向かれて、長い目で見たら音楽業界は先細りになっていくんじゃないかと思っています。

彼は、「着うた」のことで言っていますが、同じように長い目でみた「ユーザー獲得」を考えた場合、法律で「違法だ!違法だ!」とあれもダメこれもダメにしてしまうことで、、将来、商売する機会も縛ってしまう「がんじがらめ」の空気になるような気がするんですけど・・・・ユーザーに「拒否」されるだけでなく、「海外」に商売を取られてしまう(法律の違いによって)・・・・インターネットはその側面が怖いと私は思っています。

フランス:DEEZER(インターネットラジオ?)

ポストPandora、無料で音楽無料で楽しめる音楽共有型ネットラジオに新顔登場。:「DEEZER」:ポッドキャストとけものみち

「DEEZER」はフランスのサービス。サイトに「LEGAL」 としつこく書いてあるように、フランスの著作権協会SACEMに広告収入の一部から支払っているよう。 つまり権利関係はクリアされています(ま、日本で使うのは知らん)。・・・・

「商売」と「著作権」の関係って、変なところに線を引くと、次の世代を潰す可能性があるような気がするんです・・・・ユーザーも制作者も誰も得しない法律改正に見えるのは私だけなのでしょうか?

通勤PSPの発端は、この「面白い機械=PSP」を自分なりに使い倒したいという欲求からスタートしたわけですが、なぜ「ゲーム」もほとんどしない私がPSPに「はまった」かというと、友人でかつ仕事仲間のA氏の多大な影響があります。

初期のブログにも書いたことがありますが、この友人「PSP大好きおじさん」A氏は「PSP専用の映像」を、仕事として発注してくる唯一(もしかしたら日本で唯一?)の映像プロデューサーであります。

前回のブログにも書きましたが、今回買ったばかりの新型PSPもこのA氏に「奪われた」のですが、この顛末を書くにあたって彼の「営業テクニック」を少しだけ書いてもいいという「みかえり」の承諾を得たのでちょっと紹介したいと思います。

このA氏は、ある企業の「工作機械」のマニュアルやビデオマニュアルを作る仕事を多く抱えています。文系が多いビデオ制作者の中で、理系出身で元エンジニアである彼は「クライアント」に重宝がられ、多くの仕事をこなすのですが、彼の営業方法、納品方法に「PSP」は欠かせない存在になっています。

彼のプレゼンは「ビデオコンテ」や「紙芝居コンテ」「過去の事例」を複数のPSPに入れてクライアントに見せます。通常ならば、DVDやVHSにして「会議室」などで「プレゼン」するのですが、敢えて小さなPSPを担当の方々に渡してみてもらうという方法をとっています。

私も経験があるのですが、会議室の「テレビ」や「プロジェクター」でプレゼンをする場合、どうしても「儀式的」な空気になり、クライアントからの質問や意見も少なく、「検討して後ほどご連絡します」などというコメントでまとまられてしまうことがたびたび起こります。

この場合、制作側としては「で、感想はないの?」「駄目なの?」という「針のむしろ」状態に置かれることが多いのですが、
A氏曰く、
「PSPでプレゼンすると、近くで顔を寄せて話さなくちゃならないから『クライアントの本音』がわかるんだよね。会議形式だと話しづらくても、少人数ごとで観てもらうと「気軽に」話しやすくなるし、「PSPプレゼン」の珍しさで話題が広がる。それでこっちのペースに乗せてしまえば、意見や質問・先方の状況・事情もわかる。その上でPSPやDSの話題でひとしきり会話が弾めば、まず発注はくるね!」
と豪語します。

そして彼のすごいところは、この「小道具(PSP)」用の専用ビデオまでも発注させてしまうのです。

マニュアルビデオやメンテナンスビデオなどは、その企業固有の「ノウハウコンテンツ」になるわけですが、DVDやVHSやイントラネット上の動画配信などで「みておいてください」的に存在していても、多くの「従業員さん」たちには「やっかいな存在」で「日常の忙しさ」もあり、せっかく作ったビデオも後回しで「あまり役にたたない」などと「やんわりと拒否」される傾向が高いみたいです。

半分暗くした部屋で「大勢で観る」などとした場合には「疲れ」のためか眠りの時間に・・・

しかし、彼曰く
「PSPを貸し出し」または持っている人には”メモステ”にコピーして、コンテンツを渡すと、帰宅の電車の中とか、暇な時間とかを利用して『思った以上に熱心に』見てくれる」
ということだそうです。

雇用形態も複雑になっているせいか、社内ブログなどで「社員」間の意思疎通を図るケースなどが多いようですが、彼が実践しているように「PSP=携帯ビデオプレーヤ」は、「情報伝達」「技術伝達」の「風変わりな方法だけど効果的」ないい事例なのかもしれません。(特別なケースかもしれませんけど)

最近ではその会社の「営業」さんたちも、カタログや営業資料をPSPに入れて「接近攻撃」でお客さんにみせているそうです。

で、私の新型PSPですが、彼の「お願い!新型PSPもう1台至急いるんだ」という深夜の電話により、開封もせず「奪取」されたというわけです。

私 「なんで俺の持っていくんだよ!足りないなら買えよ!」
A氏「仕事になったらね!」
私 「おまえPSP好きなんだから、自腹で買えばいいだろ!」
A氏「いやー アマゾンでiPod Touch5台予約したから金が足りないんだ!」
私 「・・・・・・・」

彼はiPod Touchも営業ツールにするようです。
私の新型PSPは彼の「iPod Touch」のためにはるか遠い空の下…
ある自治体の「プレゼン」用に渡しているようです…旧型を貸せばよかった…仕事になって帰ってくるといいのですけどね…

ということで、PSP2000が帰ってきたら私なりのご報告もしたいと思っています。

会社の後輩:○○さん(=私)こそ、新型もう1台買えば!通勤PSPの作者なんだし!
私:俺だってipod Touch欲しいだよ!

追記1
今回の話は「働いている方がこのブログを観ている」と勝手に断定して(笑)仕事・営業の参考になればと思い書いてみました。また機会があれば、Flashマニュアル編とかPSPで立体ビデオメガネ奮闘編(笑)とか書こうと思っています。

追記2
彼は、PSPの販数売にそうとうの貢献をしていると思います。その会社の方々はPSPを「勢い」で購入してしまうみたいです。
iPod Touchに「鞍替え」なんてしたら「裏切り者扱い」されるぞ!Aさん!

追記3
お仕事の発注もお受けしま~す。PSPやモバイル端末のコンテンツならお任せください!ちょっと営業してみました(笑)

10月、読書の秋、食欲の秋、さんまの秋・・・ブログの秋、動画共有の秋?

週初めの「新聞サイト大変動」の大騒ぎから、ちょっと落ち着いた週末を過ごせそうな私ですが、新型PSPを「友人=クライアント」に横取りされ(顛末は今度書きます)せっかくの「楽しみ」を失ってしまった・・・

で、秋の夜長、面白いテレビ番組もないようなので、今週も「みつけてしまった」記事をまとめてみます。

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テロ特措法・イラク給油疑惑問題

この国会で1番の「論点」であるこの問題。その中で「イラクへ給油転用疑惑」が突然浮上した気がするのは私だけでしょうか?

もうちょっと正しく書けば、「インド洋」のガソリンスタンドを「自衛隊」が行っていて、その「目的」は「アフガニスタンのテロリスト」の封じ込めで、それがほぼ自動的に「更新されて」いたということさえ、私などはよく理解していなかった・・・(おばかでしょ!)

「国際貢献」「対テロとの戦い」といわれれば、その必要性も大きくは理解するのですが、「ごまかし」や「嘘」があるとすると、その目的は何なのか疑問を持つわけです。

「特措法延長」なのか「新法」なのか「反対で撤収」なのか・・・意見を持つにも難しい問題ですけど、参考までに!


どうもこの「朝まで生テレビ」の衆議院議員「江田けんじ」氏の発言が発端のようです。(米海軍のHPを紹介してます)
テロ特措法:アフガンではなくほとんどがイラク攻撃支援

翌日のサンデープロジェクトで、自民党幹部に直撃←詳しいことはわからないが、地政学上ありえるかもと聞こえる。

この情報への反論・検証が出ます。
空気を読めない?それとも芝居?・・・江田憲司さん朝生発言(きち@石根)

と、意図的な部分が多いような雰囲気・・・
江田氏のホープページでも
「自衛隊給油をイラク戦争に転用?・・・テロ特措法」(江田けんじホームページ)
で、番組中で指摘した「数字」や「考え方」について多少修正

次に出てきたのが、NPO法人「ピースデポ」の時系列検証
検証 自衛隊"給油"の真実 イラク戦争「転用」の記録

海自艦が給油した米艦はイラク作戦に使用したNPO法人「ピースデポ」

江田憲司が次の「朝生」で「撤退してもアメリカの信用は失わないだろう」と発言
激論!テロ特措法

「思考停止するな!・・・国際貢献・日米同盟を巡って」(江田けんじホームページ)


同時に補給活動が「必要だ」という根拠に「イスラム国」パキスタンへの給油を重視した話が登場。パキスタン海軍には「ハイオク」が必要という外務省の谷内正太郎事務次官の意味不明発言

海自の補給活動、他国の油でも支障ない? 根拠に疑念

洋上補給国連決議・茶番にマスコミは?


燃料の出所がどこなのかという疑問が沸いたので探していたら、朝日ニュースター「パックイン・ジャーナル」でアメリカないし関連企業から高い金額で「燃料」を買っているという話―

「油問屋とアフガン情勢と民主党」―朝日ニュースター「パックイン・ジャーナル」より

■愛川欽也パックイン・ジャーナル
そろそろ小沢民主の話をしよう(元参議院議員平野貞夫氏の発言)


そして、小沢氏の「ISAF参加なら憲法に抵触しない」という話に―

アフガン支援「政権取れば部隊参加」 小沢氏(朝日新聞)
小沢氏「アフガンでISAF参加を」、民主内に賛否両論(読売新聞)

参考:国際治安支援部隊(wikipedia)

上記のリンクを辿っていくと、ちょっと乱暴ですが以下の3つの意見に集約される気がします。

1)給油は「安上がりで」「安全な」費用対効果が高い方法だから続ける=たとえ原理原則がなくてもそれが国益
2)原理原則をはっきりして「方針にぶれのないように」するのがこれからの国益=新しいへ原理原則を確立する
3)軍事行動はとらずアメリカにも同調せず「経済復興」で協力する=従来の考えに近い原理原則

利益をとるか、原理原則をとるか・・・相当難しい問題だと思いますが、従来の「なし崩し」で「アメリカへ追従」解決方法が変化しつつあるということを意識する必要があるのかもしれません。

マスコミが「わかりやすくするために解説する」論点(=意固地な小沢民主党が反対)という矮小化された視点でみるものではなく、日本の「不都合な過去の判断」が噴出する面白いテーマで、21世紀の世界的構造変化=パワーゲームの変化に「対応するにはどうしたらいいのか」という視点が必要なのかもしれませんね―

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で、この特措法延長問題を引き金に「辞めちゃった」前総理大臣の話
辞任理由として「憶測」として飛び交った脱税疑惑

■週刊現代
本誌が追い詰めた安倍晋三首相「相続税3億円脱税」疑惑

■立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」
週刊現代が暴いた“安倍スキャンダル”の全容

立花隆の記事から引用すると、

まだ存在しない記事に対する安倍事務所の反撃

そのちょっとあと(12日20時34分)から、時事通信が“「脱税疑惑」全くの誤り=週刊誌取材に安倍事務所”という速報ニュースを流した。安倍事務所側の反撃がただちにはじまったのだ。さらに、同じ12日の夜23時52分になると、時事通信は「週刊現代の取材に警告 相続税めぐり安倍事務所」という記事が出てきた。その内容は、「週刊現代に掲載予定の記事はまったく事実に反する。掲載しないよう警告する」という文書を安倍事務所が発表したというものだった。「警告する」とは、法的措置を取るぞという脅しでである。この時事のニュースとほとんど同時に、安倍晋三事務所から、

「(株)講談社「週刊現代」記事(掲載予定)
        及び
  これに関する一部新聞報道について」

という文書が、「報道機関各位」あてで一斉にファックスで流された。その書き出しは次のようなものだった。

(株)講談社「週刊現代」記事(掲載予定)
          及び
  これに関する一部新聞報道について

1 毎日新聞の本日夕刊(4版)に「『脱税疑惑』取材進む」との見出しを付した上で、『週刊現代』が首相自身の政治団体を利用した『脱税疑惑』を追求する取材を進めていた」との記事を掲載し、あたかも安倍が「脱税疑惑」の取材追及をおそれて辞職したのではないかとの印象を強く与える記事が掲載されましたので、週刊現代の指摘及びこれを無思慮に報じた新聞記事が全くの誤りであることを明確に説明しておきます。

これが何を意味するかというと、週刊現代の記事内容を紹介しようとするメディアに対し、そういうことをしたら、そのこと自体に対して法的措置をとるぞという警告なのである。いまの法体系では、名誉毀損は、引用紹介に対しても成り立つという判例が生きているから、この警告はなかなか効果を持つ。実際このあと、毎日新聞の後を追おうとしていたメディアの腰が一斉に引け、逆に幾つかのメディアは安倍事務所と同じスタンスに立って、「週刊現代」を攻撃する論調に立ちはじめた。

で、「勇み足」?で速報した毎日新聞の記事が「ウェブ魚拓」に残っていました。

安倍首相辞意:「週刊現代」が「脱税疑惑」追及で取材(MSN毎日インタラクティブ)

またに下のブログあるように、リンク先が軒並み削除されているということです。
やっぱりそういうことだったのね。。 安部首相 脱税疑惑

この週刊現代の後追い取材や記事が全く出てこないということがとっても不思議・・・(あるのでしょうか?)

以前に、政治と金の問題で前首相は「説明責任」を語っていたはず・・・全くの「デタラメ」だという見解だけで「説明責任」になるのでしょうか・・・・全くの「デタラメ」だとしても新聞報道が「腰が引けて」といういうことなら、安倍事務所の見解を「調査した結果」と記事内容を「調査した結果」をどこかで明らかにならないと「なんだか中途半端」・・・

特に、記事を削除した「毎日新聞」は、削除した理由を含め、顛末を調査すべきだだと思うのですけど・・・「削除して終わり!」だと、信用がどんどんなくなります・・・・


私の場合、デバッグ中(=特殊事情)に記事を見つけることが多いので、リンク先が消滅していたり、顛末が書かれた記事がないと延々と探してしまいます。中途半端な状態なままだと、逆に細かな「記事」まで探してしまう・・・

そこで、見つけたのが
大スクープ!日本テレビと読売新聞が福田総理への世論操作!←よく事実関係がわからない

前首相の脱税スキャンダルも、上記の「大スクープ?」もメディアリテラシーを発揮して読んで欲しいのですが、立花隆氏の「メディア ソシオ-ポリティクス」がこの記事(9/12)以降掲載されていないことが気がかりです。

「名誉毀損だぞ」に原因があるのでしょうか・・・顛末記があれば知りたい・・・


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いつも思うのですけど、リアルタイムで番組を見ていたり、削除された記事をリンク切れ前に読んだ人はどのくらいいるのだろう・・・・

私などは、リアルタイムで視る時間などほとんど無い。(仕事してるか、飲んでるか、遊んでる・・・)Webのチェックは、デバッグ中にするけど・・・・これも「偶然の経緯」だし・・・・

Youtubeなどの「著作権違反」アーカイブや、リンク切れを保存している「ウェブ魚拓」が存在しなければこんな「情報」知らないままです。

メディアからの情報取得時間が取れる人は知っているのかな―

でも、日々長時間「戦力として働く」人々、特に終電近くまで働いている明日を担う「若者」達には「知る時間」もないような気がする。

私も時間があれば「遊ぶこと」が最優先です。

しかし、「動画アーカイブ」「Webアーカイブ」によって「見えなくなった情報」にアクセスできる「今のネット時代」が、私のような「おばか」で「無関心」を減らす1番の方法に感じてしまう昨今なのです・・・

確かに発信側は「つらい」ですよね・・・・事情もわかる気がする・・・・

でも、「批評」「評論」「名誉毀損だぞ」に強いマスメディアの存在を期待してしまいます。
「商売」以上に重要なことだと思うし、その「条件」も「評価される」時代に突入したんですから・・・

腰抜けでも「覚悟」が必要!それが求められる時代にしないと、匿名の便所の落書きに負けてしまいますよ!

最後に、映像ジャーナリスト 故長井健司さんに合掌。
とっても悔しい・・・苦しい・・・悲しい

10/1に産経、毎日のニュースサイトがリニューアルされました。

MSN毎日インタラクティブ ⇒ 毎日jp
sankei Web ⇒ MSN産経ニュース
10月という忙しい時期に2つのサイトが同時にリニューアルする状況は経験が無く、あたふたした2日間でした。

ツールを使っていただいている方には、「またこのソフト動かない…」と思われるのもイヤですし、多くの方に協力を頂いているアプリケーションですから、その方々の期待も裏切りたくない。なので、昨日は徹夜で新しいバージョンを作っていました。その結果、巨人が優勝したのも「デバッグ中」に知り、ビールかけの映像はまだ見ていない…隠れ「原ファン」の私です(泣)


この10/1は、かねてから「噂」のあった読売・朝日・日経の共同サイト運営の発表もあり、新聞社がこれからインターネットとどう関わるかを多くの方々が書いています。

池田信夫 blog
■新聞社サイトの囲い込み競争
木走日記
■日経・朝日・読売の共同サイト運営~ネットの特性とは逆流している時代錯誤も甚だしい愚かな戦略
ITmedia News
■朝日・日経・読売が提携 「ネット活用で紙の新聞を維持」

新聞社のサイトは、おおむね「肯定的主張」をするわけですから、マイナスの意見は出ないわけで 上記のような「ブログ」発信は、「いい意味でのメディアの拡大」ではないかと思ってしまいます。新聞各社は、従来のモデルが崩れ、再販売価格維持(再販)制度の特殊指定の問題や「押し紙」問題などで批判にさらされている昨今の状況ですから―
■新聞の再販制度と特殊指定はホントウに必要か?(ライブドアニュース)

■「押し紙」とは?――新聞界の悪しき伝統(オーマイニュース)

「生き残り」と「事業継続」のため、「なんらかの方法に活路をみいだす」ことになったということでしょう。その答えが「強者連合」というのも、「生き残り」しか考えない発展性のない考えのように感じてしまいます。

新聞の正しいネット事業形態とか「闇の部分」とかは他の優秀な書き手のみなさまに任せて、「通勤中に社説を読もう」などと薦めている私としては、「新聞紙=大きな紙」という「パッケージ」について考えてみます。

直接的・間接的に「新聞はいらない。だから通勤PSPはアリ」という意見をいただきます。その多くが「紙は、かさ張る」「捨てたり資源回収がめんどう」「資源のムダ」「通勤電車で広げられない」など「大きな紙=パッケージ」への不満です。

ある友人は
   「新聞購読はいいけど、部屋が狭くなる!」
極論かもしれませんが、ちょっと判る気がする・・・

当然、私のようなモバイル端末好きな「人種」は、「大きな紙」を通勤電車で「バサバサ」やる「おじさん」行為を軽蔑し、スマートに情報を取得したいという意見が多くなるのは否めない。

そんなPSPや任天堂DSやモバイル端末が普及している時代ですから、これらの端末に「新しい形の新聞」を提供するサービスを新聞社が行ったら、相当数の支持を受けると思うのですけど・・・(テキストだけでなく、写真やレイアウトに工夫したものという意味です)

携帯電話でニュースを読む人も多いと思いますが、面積が小さいしなんだかごちゃごちゃする感じが嫌いで、通勤PSPw-zero3で読む方法を当サイトでは紹介しているのですけれど、いっそのこと「きちっとレイアウトしたデジタル新聞パッケージ」をモバイル端末向けに配信すれば、「500円/月」くらいで購読する方は多いのではないかと思ったりします。

もっと考えると、音声合成機能付き「新聞PSP」というソフトを開発して(笑)、「初音ミクが読んでくれる新聞」と銘打ったモバイル向けサービスが始まれば、私などはすぐに飛びつくだろうなと思ったり・・・・
そして、最近テレビでよくみる「電子ペーパーディスプレイ」のように「折曲がって」「軽くて」「雑誌サイズ」だったら・・・・そんな端末が欲しいし、どんなに便利だろうか・・・そういう時代は近いのでしょうか・・・・

「紙の新聞を維持」とかいうのも心情的にはわかるのですけど、「技術立国」で「ものづくり国家」の日本ならば、「デジタル新聞技術でイノベーション」とかいうスローガンを立てて、既得権益や宅配制度に頼らない「競争可能」なジャーナリズムを目指します!とかいう宣言をするのもいいんじゃないかと思ったりしてしまいます。

『モバイル端末の未来は「新聞社」と「出版社」が握っている』とどこかで読んだ記憶があります。新聞が本気でデジタル化してくれるといいのに・・・・共同サイト運営などと「目先」でなく、映画やSF小説のような「未来」を先取りするような「サービス」の方向性を打ち出してくれないかな-(それはメーカーの役目なのか、やっぱり・・・)

あー、部屋が狭い(笑)


参考?:新聞紙は環境に悪い
アマゾン:新聞社 破綻したビジネスモデル/河内孝著

10/1 より刷新された「毎日jp」「MSN産経ニュース」に対応した各ツールをリリースしました。

  ■通勤PSP1.43  ■通勤テキストコレクター1.43  ■通勤iPod1.43

修正点は、

 ・Widnows Vistaでの不具合を修正しました(設定ファイルが開けない等)
 ・リンク先を探す場合の「subword」設定のバグを修正しました
 ・毎日jp、MSN産経ニュースに対応しました
 ・初期設定の「コラム」に毎日新聞「余録」日経新聞「春秋」を追加しました

また、このバージョンアップに合わせて、「自動収集設定プラグインライブラリー」も改定・修正しました。(この10/1で多くのサイトが刷新されていました。過去の不具合も修正してあります。手をつけるのが遅くてすみませんでした。)

お時間があれば、新しいバージョンも1度試してみてください。(ご感想・ご意見・ご要望もお待ちしています)


  通勤ドットコム

  通勤ドットコムサテライト―SideTube


※ご報告が遅くなりましたが、当サイトがYahoo! Japan internet Guide 11月号「インターネット情報源200 アクセスナビ」 p.44にちょこっと紹介されています。書店でみつけたら覘いてみてくださいね。